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2014年11月7日金曜日

自宅の鍵を定期的に取り替える佐藤君(仮名)の話

パスワードの定期的変更について元々違和感を持っています。今まで、理詰めでその違和感を解明しようとしてきましたが、それでも私の頭のなかのもやもやをうまく説明できたわけではありません。そこで、パスワードの定期的変更を「自宅の鍵を定期的に変更する比喩」を用いて、そのもやもやを説明したと思います。比喩によって精密な議論ができるとは思っておりませんので、あくまでも主観的な「もやもや」を説明する方便として読んでいただければ幸いです。ここに登場する佐藤は架空の人物です。

徳丸: 佐藤君は自宅の鍵を定期的に取り替えていると聞いたんだけど、本当?

佐藤: 本当ですよ。毎年に替えています。毎年年末に鍵を取り替えて、安心な気持ちで新年を迎えるんです。徳丸さんは替えてないんですか?

徳丸: 替えないよ。鍵を落としたりしたらまた別だけど、そういうのでもなければ替えないよね。佐藤君はなぜ毎年替えるの?

佐藤: だって心配じゃないですか。

徳丸: 何が?

佐藤: 僕の知らないうちに合鍵が作られているかもしれないじゃないですか?

徳丸: 証拠でもあるの?

佐藤: 証拠はありません。でも、たとえば彼女が部屋に来るのに僕が留守だなんて場合に、郵便受けに鍵を入れておいたりするんで、誰かがこっそり鍵をとって合鍵を作っているかもしれません。

徳丸: そんな運用しなければいい。

佐藤: たとえば、ですよ。リスクをゼロにはできません。

徳丸: で、誰かが合鍵で部屋に入った兆候でもあるの?

佐藤: 今のところありません。

徳丸: だったら、そういう兆候が見つかったら替えたら?

佐藤: 徳丸さん、そんな意識でいいんですか? 万一の場合にも備えないとダメです。

徳丸: そうはいうけど、一年に1回変えるのでは、最悪ケースだと約一年間は合鍵で部屋に入られるわけでしょ。

佐藤: それはそうですが、永遠に入られ続けるよりましです。

徳丸: 悪い奴は、部屋に侵入されたら即座に部屋のものを盗んでいくんじゃないの?

佐藤: それは分かりません。僕の大事な情報だけ盗んでいくかもしれません。

徳丸: でも、何回も盗みに来るかね? 鍵を変えた後には、もう盗むべき情報はないのでは?

佐藤: 毎日仕事をして、生活をしていれば、その間に秘密情報も増え続けるんですよ。

徳丸: それは犯人にとって価値のある情報かな?

佐藤: それは分かりませんが、ひょっとしたら価値があるかもしれないじゃないですか。

徳丸: まぁ、そうだね。じゃあ、兆候が見つけられないんだったら、誰かが部屋に入ったらセンサーが作動するようにしたら?

佐藤: そうか、センサーがあれば、別人が部屋に入ったらわかりますね。

徳丸: そうそう、そうしなよ。

佐藤: 分かりました。そうします。


佐藤は自宅に侵入検知のセンサーを取り付けて運用を開始した。それから2年が経った。

徳丸: やぁ、佐藤君、久し振りだね。その後どう?

佐藤: いやぁ、相変わらずですね。

徳丸: センサーの調子はどう? 誰か入ってきた?

佐藤: センサーはちゃんと動いているようです。別人が侵入した兆候はないですね。

徳丸: なら、鍵を取り替える必要もなくなったね。

佐藤: いや、念のため、昨年末に鍵を替えました。

徳丸: え゛っ、なぜ?

佐藤: だって、心配じゃないですか?

徳丸: センサーまでつけたのに?

佐藤: 徳丸さん、考えてみたんですよ。誰も侵入していないとしても、合鍵を作られていない証拠にはなりません。

徳丸: どうして?

佐藤: 犯人は合鍵を作ったけれども、すぐに使わずに侵入するタイミングを伺っているかもしれないじゃないですか。

徳丸: それはそうだけど、そんな悠長なことするかね?

佐藤: それは分かりません。私は悪い奴の気持ちはわからないですが、そうしないという証拠はありません。

徳丸: うーん、合鍵を作られたけどすぐには悪用しないというケースを想定するのであれば、鍵の取り替えで対応するには、一年に1回とかでは不十分だと思うよ。

佐藤: やはり、毎日鍵を替えないとだめでしょうか?

徳丸: そんなの現実的ではないよね。

佐藤: あー、心配だ。どうすればいいんだ。

徳丸: 合鍵が心配だったら、ICカードキーとか生体認証を併用して二要素にしたらいいのでは?

佐藤: 二要素にしたら費用が掛かるし、毎日の鍵の開け閉めが面倒くさいじゃないですか。

徳丸: いやいや、佐藤くんがそこまで心配するなら、そうすべきだと僕は思うけどね。

佐藤: …(徳丸と佐藤の会話はまだまだ続く)


「侵入検知センサー」はパスワードの場合はログインアラートに相当します(参照)。
心配症の佐藤君の考え方が、そのままパスワードの定期的変更に当てはまると主張しているわけでありません。そこは精密な議論が必要ですが、私の主観的なもやもやの中身の一部は、上記の対話の比喩で説明できるのではないかというお話です。

2014年11月4日火曜日

ログインアラートはパスワード定期的変更の代替となるか

パスワードの定期的的変更には実質的にはあまり意味がないのではないかという議論(疑問)から出発した議論を続けておりますが、こちらなどで表明しているように、パスワードの定期的変更が効果をもつ場合もあります。
そこで、本稿ではパスワードの定期的変更の代替手段としてログインアラートの運用に着目し、ログインアラートの運用がパスワードの定期的変更の代替となるのか、残る課題は何かについて検討します。

パスワード定期的変更の効果まとめ

まず前提条件について説明します。ウェブサイトAの利用者xが自身のパスワード voc3at を定期的変更として変更する(voc3atはあくまで例です)場合、これが効果を発揮する条件と効果は、以下と考えられます。条件1と条件2はAND条件です。
  • 条件1: パスワード voc3at が既に漏洩していて、今後悪用される可能性がある
  • 条件2: パスワード漏洩に利用者 x は気づいておらず(あるいは気づいたにも関わらず)、パスワードを(非定期には)変更していない
  • 効果: パスワードの定期的変更後、サイトAにおける パスワード voc3at の悪用はできなくなる
条件1のパスワード voc3at が漏洩する経路については制約はありませんが、以下の様なケースが考えられます。
  • サイトAからパスワード漏洩が起こった
  • 利用者 x がパスワード voc3at を別のサイトBでも利用していて、サイトBから漏洩した
  • 利用者 x 自身がパスワード voc3at を別人に教えてしまった
  • 利用者 x がフィッシング詐欺にあってしまい、パスワード voc3at が漏洩した
条件2に関して、利用者が気づく局面の例としては以下があります。利用者が気づかない状況とは、以下のいずれにも該当しないケースです。
  • LINEのアカウント乗っ取りのように、利用者 x 自身は利用できなくなったり、友人が教えてくれる
  • 不正送金被害にあい、銀行口座から預金がなくなってしまった
  • なりすまし投稿により自身のアカウントが炎上してしまった
  • サイトAがパスワード漏洩事件を公表し、パスワード変更を呼びかけた
  • ログイン履歴を見ていて気づいた

ログインアラートとは

ログインアラート(ログイン通知とも)とは、誰か(利用者自身も含むが第三者かもしれない)がサイトにログインした際に、その旨を登録済みメールアドレスに通知する機能です。多くのサイトではログインに成功した場合に通知しますが、LINEウェブストアに関しては、ログインに失敗しても通知します。
以下は、楽天のログインアラートのメール例です。
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【楽●天】ログインアラート通知(2014/10/20 09:53)
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xxxxxxxx 様

お客様が楽天のサービスにログインしましたので、お知らせいたします。
このメールはログインアラート設定を行っているお客様に
送信させて頂いております。

◆ログイン情報
・ログイン日時 :2014/10/20 09:53
・IPアドレス   :xxx.xxx.xxx.xxx

◆ログイン履歴
https://history.id.rakuten.co.jp/
よりログイン履歴がご確認いただけます。

◆心当たりのないログインの場合
お客様以外の第三者がお客様に成りすましてログインしている可能性があります。
その場合、次のURLより会員情報管理画面にてパスワードを
変更されることをおすすめします。
https://member.id.rakuten.co.jp/rms/nid/menufwd
利用者は、ログインしていないのにこのメールを受け取った場合、別人が自分のアカウントでログインしていることを疑い、IPアドレスを確認した上で必要に応じてパスワードを変更することになります。

※注: 楽天のログインアラートメールには、このパスワード変更のURLが記載されていますが、このURLにアクセスすると楽天のログイン画面になるわけで、ログインアラートがフィッシングに悪用される懸念を考えると、メールの文面は悩ましいところではあります。

ログインアラートの効果

パスワードの定期的変更とログインアラートは、どちらもパスワードが漏洩してからの事後の緩和策と位置づけることができますが、効果については微妙に異なります。
ログインアラートの利点は以下の通りです。
  • 不正ログインの事実を確認できる
  • 不正ログインの際の日時やIPアドレス等から犯人追跡の情報が得られる
  • 不正ログインから速やかな対処が可能
  • 不必要なパスワード変更をする必要がないので利用者側の負担が少ない
  • 実装上のコストは比較的低い

一方、ログインアラートではカバーできない状況として下記があります。

  1. パスワード漏洩後、なんらかの理由で数ヶ月後に犯人が初めてログインした
  2. サイトBから漏洩したパスワードリストを犯人が購入し、漏洩から数ヶ月後にサイトAで試した。利用者はサイトAとサイトBで同じパスワードを設定していた
  3. 利用者のリテラシーが低く、ログインアラートに適切に対処できない

1.に関しては、パスワードを得て「数ヶ月放っておく」動機があるのが問題になります。
2.に関しては、あり得るシナリオではありますが、サイトAに重要情報がるのであれば、やはりパスワードの使い回しを避けるほうが安全で、その方が総合的には手間も掛からないと考えます。
3.に関しては、ログインアラートに適切に対処できない人が自発的にパスワードの定期的変更をするとは考えにくいので、パスワードの有効期限を定めて強制的に変更させないと実効性がないでしょう。ただし、私自身はパスワードの有効期限のあるサイトは、できれば使いたくないと感じます。

ログインアラートはパスワード定期的変更の代替になるか

ログインアラートについて紹介し、パスワードの定期的変更運用の代替になるか(ログインアラートを適切に運用すれば、パスワードの定期的変更をしなくてすむか)について検討しました。
前述のように、ログインアラートは完全にパスワードの定期的変更の代替にはならないものの、残るリスクは比較的軽微であり、実用上はログインアラートがあれば、パスワードの定期的変更はしなくてもよいケースが多いのではないかと考えます。
もちろん、利用者側で心配であれば、ログインアラートに加えてパスワードの定期的変更もすればよいと思います。しかし、そこまで心配するのであれば、二段階認証など、さらに強固な認証手段を提供しているサイトを選択する方が良いと考えます。二段階認証を設定していれば、パスワードの定期的変更は必要ないでしょう。
今回私が二段階認証ではなくログインアラートに着目した理由は、前述したように実装コストが低く、利用者・サイト提供者共に負担が軽いからです。このため、不正ログイン事件が多発している現状において、最低限度のセキュリティ施策として、ログインアラートの実装の検討をおすすめします。