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2019年5月30日木曜日

2019年1月から5月に公表されたウェブサイトからのクレジットカード情報漏えい事件まとめ

株式会社ヤマダ電機の運営するECサイトから、最大37,832件のクレジットカード情報が漏洩したと昨日発表されました。ヤマダ電機のように日本を代表する家電量販店のサイトからクレジットカード情報が漏洩したことに私自身驚きました。

弊社が運営する「ヤマダウエブコム・ヤマダモール」への不正アクセスによる個人情報流出に関するお詫びとお知らせ

漏洩した情報は以下のように発表されています。
  • クレジットカード番号
  • 有効期限
  • セキュリティコード
はてなブックマークやtwitterのコメントを見ていると、「セキュリティコードを保存していたのか」という意見が見えますが、おそらくセキュリティコードは保存されていなかったと推測します。
本稿では、この件を含め、本年の現時点までのウェブサイトからのクレジットカード情報漏えい事件についてまとめました。

事件の一覧

下表に本年(2019年)の現時点までに公表されたウェブサイトからのクレジットカード情報漏洩事件をまとめました。サイト名、漏洩期間、漏洩件数(最大)、セキュリティコードの漏洩有無、漏洩の手口(後述)を記載しています。

サイト名漏洩期間漏洩件数セキュリティコード漏洩手口
バニーファミリー横浜ネットショップ2018年6月28日~同年10月25日241件漏洩Type5
オンライン通販サイト(ハセ・プロ)2018年10月1日~2019年1月24日1,311件漏洩Type5
歯学書ドットコム2012年11月11日~2018年12月28日5,689件漏洩不明
本味主義2017年5月22日~2018年10月14日2,926件漏洩Type4?
子供服サーカス2018年10月1日~2019年1月18日2,200件漏洩Type4
エコレオンラインショップ2018年5月16日~2018年12月11日247件漏洩Type4
ななつ星 Gallery2013年10月5日(サイト開設日)~
2019年3月11日(サイト閉鎖日)
3,086件漏洩不明
「ショコラ ベルアメール」オンラインショップ2018年8月6日~2019年1月21日1,045件漏洩Type5
エーデルワイン オンラインショップ2015年7月8日~2018年8月5日1,140件漏洩不明
小田垣商店オンラインショップ2018年4月3日~2018年5月16日及び
2018年9月3日~2019年2月28日
2,415件漏洩不明
藤い屋オンラインショップ2018年10月15日~2019年1月28日477件Type5
エンターテインメントホビーショップ ジャングル2017年5月2日~2018年11月6日2,507件漏洩Type2
ヤマダウエブコム・ヤマダモール2019年3月18日~2019年4月26日37,832件漏洩Type4

大半の事件でセキュリティコードが漏洩している

上表からわかるように、藤い屋オンラインショップを除いたすべての事件でセキュリティコードが漏洩しています。昨年のまとめも見ていただくとわかりますが、最近のウェブサイトからのクレジットカード情報漏洩では、セキュリティコードが漏洩する方がむしろ普通です。
昨年10月のブログ記事「クレジットカード情報盗み出しの手口をまとめた」では、クレジットカード情報を窃取する手口をType1~Type5にまとめましたが、この中で、Type4とType5はセキュリティコードを容易に盗むことができます。

Type4の手口とは

ここでType4の手口について説明します。下図のように、カード情報入力画面に細工を施すことがType4の特徴です。
下図はサイト利用者がクレジットカード情報を入力している様子です。入力フォームに仕掛けられたJavaScriptにより、カード情報は攻撃者の管理するサーバーに送信されています。
ヤマダ電機のサイトからの情報漏えいがこのパターンと推測する理由は、リリースの以下の記述からです。
(1)原因
第三者によって「ヤマダウエブコム・ヤマダモール」に不正アクセスされ、ペイメントアプリケーションの改ざんが行われたため
弊社が運営する「ヤマダウエブコム・ヤマダモール」への不正アクセスによる個人情報流出に関するお詫びとお知らせより引用
そして、同じくType4と推測されるサイトとしては下記があります。
Q.子供服サーカス、および子供服ミリバールからクレジットカード情報が流出したのですか?
弊社ではカード情報を保有しておりません。今回は、注文情報入力画面 が 不正アクセスにより 改竄され、カード入力画面で入力されたお客様のカード情報が、流出したと思われます。
Q&A】クレジットカード情報流出に関するご質問と回答(株式会社サーカス)より引用
2018 年5 月16 日に攻撃者が、データベースへ不正な仕掛けをページ内に埋め込んだとみられます。
その仕掛けは、ページ内の入力フォームに入力されたカード会員情報を正規の処理とは別に外部サイトへ転送する機能を持っていた為、2018年5月16日以降当該サイトのカード利用者のカード会員情報が搾取されていたと考えられる、との事でした。
エコレ通販サイトにおける不正アクセスによるお客さま情報の流出懸念に関するお知らせ より引用

Type5の手口も依然活発

一方、昨年から使われた始めたType5も依然として活発です。下図は、バニーファミリー横浜のFAQからの引用です。


【重要】カード情報流出についての、ご質問とご回答  バニーファミリー横浜 公式オンラインショップ より引用

そして、下図が攻撃後の画面遷移で、「偽のカード入力画面」が画面遷移に挿入されています。


【重要】カード情報流出についての、ご質問とご回答  バニーファミリー横浜 公式オンラインショップ より引用

この遷移は、「2018年に公表されたウェブサイトからのクレジットカード情報漏えい事件まとめ」で紹介した伊織の事例と酷似しており、偽画面のドメイン名まで同じです。同一犯人、あるいは同一犯行グループではないでしょうか。

また、以下のように、ハセ・プロ、ショコラ ベルアメール、藤い屋についてもこの手口であることがリリースからわかります。

フィッシングサイトによるクレジットカード情報不正取得についてのお詫びと注意喚起のお知らせ (株式会社ハセ・プロ)より引用

「ショコラ ベルアメール」のオンラインショップへの不正アクセスに関するご質問と回答 より引用
2018年10月15日から2019年1月28日までの期間においてシステムが改ざんされた痕跡があり、 クレジットカード決済を選択されたお客様が偽の決済画面へ誘導され、そこで入力されたクレジットカード情報が流出し、 一部のお客様のクレジットカード情報が不正利用された可能性があることを確認いたしました。
弊社が運営する「藤い屋オンラインショップ」への不正アクセスによる個人情報流出に関するお詫びとお知らせより引用

なぜ入力フォームからクレジットカード情報を盗むのか

ブログ記事「ECサイトからクレジットカード情報を盗み出す新たな手口」にて紹介したように、昨年の6月1日に改正割賦販売法が施行され、クレジットカード情報を扱うECサイト事業者にもカード情報保護が求められるようになりました。そして、この保護についてのガイドラインになるのが、『クレジット取引セキュリティ協議会の「実行計画」』であり、中身はクレジットカード情報番号の非保持化が柱になっています。
具体的には、以下に示す「JavaScript(トークン)型」と「リダイレクト(リンク)型」による決済システムが推進されています。
以下は、JavaScript型の決済の様子です。入力フォームは加盟店(ECサイト)側にありますが、カード情報はECサイトのサーバーを通過せず、JavaScriptにより直接決済代行事業者にカード情報を送信する方式です。

実行計画2019 より引用

JavaScript型の場合、先に説明したType4およびType5でカード情報を盗むことができます。
一方下図はリダイレクト型決済の概念図です。カード情報を入力する際には、決済代行事業者の画面に遷移するため、ECサイト側では一切生のカード情報を扱わず、安全性が高い方法と考えられていました。

実行計画2019 より引用

しかし、前記Type5の攻撃ではリダイレクト型決済でもカード情報を盗むことができます。今年のカード情報窃取事件ではType4とType5が使い分けられていますが、これは決済方式に合わせて適した方法が採用されたものと考えられます。

カード情報非保持化で満足せず基本的な対策を

以上で説明してきたように、経産省およびクレジット取引セキュリティ協議会の進める「カード情報非保持化」では十分にカード情報を保護できる状況ではありません。基本に立ち返って、以下の対策を推奨します(2018年末の記事の再掲)。
  • ウェブアプリケーションやソフトウェアライブラリ、プラットフォームの脆弱性対策(パッチ適用など)
  • 管理者等のパスワードを強固にする(可能ならばインターネットからは管理者ログインできないよう設定する)
加えて、以下の対策を推奨します。
  • Web Application Firewall(WAF)の導入
  • ファイルパーミッションとファイルオーナーの適切な設定
  • 改ざん検知システムの導入

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2019年5月7日火曜日

[書評]噂の学園一美少女な先輩がモブの俺に惚れてるって、これなんのバグですか?

瓜生聖(うりゅうせい)の近著「噂の学園一美少女な先輩がモブの俺に惚れてるって、これなんのバグですか? 」を読んだので紹介したい。本書は、JNSA(特定非営利活動法人 日本ネットワークセキュリティ協会)が主催したサイバーセキュリティ小説コンテストにて大賞を受賞した作品「目つきの悪い女が眼鏡をかけたら美少女だった件」を大幅に加筆したのち、角川スニーカー文庫から出版された。

重要事項説明

  • 著者と評者は知人関係にあり公私共に交流がある
  • 評者が読んだ書籍はご恵贈いただいたものである
  • この記事のリンクにはアフィリエイトが含まれる

はじめに

著者の瓜生聖は、twitterのプロフィールには「ITmediaで記事を書いてる兼業ライター」とあるが、本業はITエンジニアである。つまり、現役のITエンジニア兼テクニカルライターである人物が、サイバーセキュリティ小説を書いたのが本書ということになる。瓜生聖はライターとしても一流なので技術面と文章力は申し分ないはずだが、小説となるとどうだろうか。評者の興味は、まずそこにあった。

あらすじ

本書は以下の三部構成となっている。

第一話 試験問題漏洩事件

本書の準ヒロイン格で、主人公鷹野祐(たかのたすく)の幼なじみの西村理乃(にしむらりの)が、数学の試験問題漏洩事件の犯人だという噂が流れ、事件が提示される。祐は、美少女衣川マト(ころもがわまと)の力を借りて事件の真相を解明し、理乃を救う。祐は小学生時代に探偵を志していたが、とある事件がトラウマになり、探偵の夢をあきらめていたが、この事件をきっかけに、自分が進むべき道がおぼろげながら見えてくる。

第二話 夏の嵐

祐は区民プールで子供たちと遊ぶマトを見かけ、そこからの流れでマトが幼少期を過ごした施設を訪問、マトの過去を知ることになる。その後マトの自宅を訪問しドキドキの一時を過ごす。
台風の日、買い物を言いつけられた祐は自宅に帰ることができなくなり、愛帝学園を訪れる。そこで第二の事件を解決する。過程で、サイバーセキュリティに詳しい青年鴻上(こうがみ)が登場する。

第三話 最強の武器

マトが高校に来なくなってしまった。鴻上がマトをスカウトして米国に呼んだらしい。マトが遠くに行ってしまう。しかも、米国でのマトの仕事は…
マトを救うべく、祐は第三の事件を三人の少女の力を借りて解決する。そして、はたして祐とマトは結ばれるのか。

重層的な構造

本書はラブコメラノベという分類になっているが、その実複雑な構成になっている。評者の見るところ、以下の要素を併せ持っている。
  • ラブコメ
  • サイバーセキュリティ小説
  • 成長譚(さまざまな事件を少女たちの力を借りて解決する過程で主人公は成長する)
  • 自分探し(無目的に生きてきた主人公が自分のやりたいことを見出す)
  • 探偵小説(第一話は探偵小説でもある)
  • 家庭内暴力や児童ポルノ問題
まだ他にもあるかもしれない。
これだけの要素を文庫本300ページに突っ込むとごちゃごちゃしてしまいそうだが、どうか。率直なところ、児童ポルノ問題を扱い探偵小説仕立てにもなっている第一話は、話が少し重くなり、また、筋書きを追うのに苦労する箇所がある。著者の初めての小説ということで張り切ってネタをぶち込みすぎたのかもしれない。その反省からか、第二話と第三話では、材料を少し減らして、著者はすっきりとまとめてみせる。全体としては、重層的な構造にも関わらずラノベらしくすらすら楽しく読むことができる。

エピソード紹介

次に、本書の冒頭からいくつかのエピソードを引用で紹介しよう。

物語は、本書の主人公である愛帝学園の1年生の鷹野祐(たかのたすく)が、ヒロイン衣川マト(ころまがわまと)と邂逅するところから始まる。
 教室に入ろうとした瞬間、突然引き戸が勢いよく開いた。
 突然のことに足が絡まり、思わず尻餅をつく。
「いてて……す、すいません」
 見上げた先にいたのは妖精だつた。
 陽の光をまとい、細く艷やかな銀髪がふわりと舞う。シルバーアッシュの柳眉の下はぱっちりとした大きな翠眼(すいがん)で、真っ白な肌は白磁のようにつるつるだ。
 学年の違う俺でも知っている銀髪の美少女ーー衣川先輩だった。
 遠くから見るのとは全然違う美の暴力をまともに受け、俺はただただ、呆然と見つめるだけだった。目を離すこともできない。もしかしたら呼吸も忘れていたかもしれない。
この後、いったんは「氷のように冷たい目で俺を見下ろしていた」マトは、あるきっかけの後主人公を抱きしめるに至る。その後マトは顔を赤らめて走り去るが、主人公は小さなUSBメモリが落ちていることに気づく。

その後、準ヒロイン格でアイドルを目指している西村理乃(にしむらりの)や、主人公が入り浸っているコンピュータ部(主人公は部員ではない)の部員である嵯峨野亜弥(さがのあや)が次々に登場し、わずか10ページほどの間で主要人物が出揃うことになる。スピーディな展開で手際が良い。

主人公は亜弥にUSBメモリの調査を依頼する。亜弥はアーミーナイフを取り出し、慣れた手つきでガワを開くと、USBメモリのチップがPhison2307であり、ファームウェア改造ツールPsychsonにより改造が可能であると指摘する。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。つまりその、ファームウェア? ってのを書き換えるとどうなるんだ?」
「デバイスクラスを偽装できるー」
「俺にもわかるように言ってくれ」
「USBデバイスの挙動をエミュレートできるー」
「俺にもわかるように言ってくれ」
 亜弥は話し足りなそうにしながらも、言葉を選ぶように言った。
「PCを乗っ取れるー」
「まじか」
BadUSBが早くも登場である。このやり取りでもわかるように、主人公はコンピュータには詳しくない。本書は主人公の一人称視点で書かれているので、難しい用語が交わる技術的な説明について、主人公に「わからない、もっと易しく説明してくれ」と言わせることによって、わかりやすく解説したり、詳細を省略して要点のみを説明できることになる。これは、著者の工夫だろう。

この後、なぜか主人公と連れ歩いているマトと、アイドルを目指す理乃が、主人公を巡って張り合う場面がある。そう、なんせラブコメなので主人公はモテモテなのだ。理乃は言う。
「好みは人それぞれだと思いますけどね、衣川先輩。幼なじみでずっと昔から知っていて、お互いに祐、理乃と呼び合う関係のあたしから言わせてもらえれば、今の祐はつまんないやつですよ。普通の人に分かる良さなんて、皆無ですからね」
幼なじみの理乃は、祐は昔と違ってつまらないやつになってしまったと言う。祐は、小学生の頃まではシャーロック・ホームズにあこがれ、将来を探偵になることを目指していたが、ある事件に関わったことがきっかけとなり、探偵を志すことをやめ、できるだけ目立たないように過ごしている。

あらすじで紹介したように、この物語は、愛帝学園に起こるさまざまな事件を主人公が周囲の力を解決することにより成長する、いわばロールプレイングゲーム(成長譚)の形態をとっている。主人公は、過去のトラウマから探偵になる夢を放棄してしまったが、友人のトラブルを解決すべく再び探偵として行動する。その過程で、マトからOSINT(オシント)という方法論を教えてもらい、これが自分の進むべき道だと気づく。

問題を抱えているのは主人公だけではない。マトと理乃は、家族に関するトラブルを抱えていたが、それぞれの方法で過去のトラブルを乗り越えようとしている。それが物語に厚みを加えている。

次に、本書の二大要素であるサイバーセキュリティ小説として、およびラブコメラノベとしての側面を紹介する。

サイバーセキュリティ小説として

本書の「事件」に登場するセキリティ要素を紹介しよう。

第一話: BadUSB、MaaS(Malware-as-a-Service)
第二話: ウェブサイト侵入(クレジットカード情報非保持サイト?)
第三話: 暗号通貨

上記のように、イマドキのセキュリティ要素がふんだんに盛り込まれている。しかも、現役のITエンジニアが書いただけあって、セキュリティ部分のクォリティは非常に高い。先に引用したBadUSBもそうだが、ここでは、評者が思わずニヤリとした箇所を引用しよう。以下は、第二話中に出てくる、侵入されたウェブサイトを巡る会話である。
「なるほど…じゃあコレはニセモノってことなんですか?」
 僕は入力途中になっていた通販サイトのページを示す。アドレスバーには緑色で企業名まで表示されている。これがニセモノならどうやって見分ければいいんだろうか。
「ああ、フィッシングという言い方は正確じゃないか。改ざん、と言った方が正しいのかな。通常だと通信が保護されていなかったり、URLが微妙に違ったりすることが多いけど、これは本物のサーバーに何かあったときの予備サーバだから、それ自体は本物よ。ただ、ファイルが書き換えられているだけ」
これはクレジットカード情報窃取の最新の手口である。評者が以前ブログ記事「クレジットカード情報盗み出しの手口をまとめた」に書いたタイプ4かタイプ5に相当する。おそらく「フィッシング」という言葉があることから、タイプ5、すなわち最新の手口であろう。
このように、著者は細かいクラッキングの手口にまで目配りして、最新の手法が紹介されている。まるで、評者がふだん「これをフィッシングと言うな」と言っているのを意識しているかのような会話だw
細かいようだが、セキュリティはディテールが重要であるし、あまりに荒唐無稽な手口だと(荒唐無稽さを突っ込んで楽しむなら別だが)読者は白けてしまう。その点、本書は、セキュリティに精通した読者でも、存分に楽しむことができる。
また、本書のヒロイン衣川マトは、実在の高名なバグハンターがモデルになっている。評者は予めそれを知っていたが、それを知らない読者でも、途中で実在のモデルを暗示する重要なエピソードが出てくるので、セキュリティに関心のある読者なら「ははーん」と分かるだろう。ここは引用したいところではあるが、ネタバレになるので控えておく。

ラブコメとして

ラブコメラノベなのだから、主人公が「冴えないやつ」であるにも関わらずがモテモテなのは、いくら非現実的でも大目に見てあげるのが大人のたしなみというものだ…そんなふうに考えていた時期が私にもありました。
実際冒頭のくだりでは、「おいおい、それはないだろう」と思いながら読んでいたのであるが、読み進めていくうちに、主人公のモテモテぶりが不自然ではなくなってくる。当初は、「主人公がモテモテなのは在原業平や光源氏以来の我が国の伝統だからな」と思っていたが、そうではなかった。鷹野祐は冴えないように見えて実は魅力的な少年なのだ。そのことを、周囲も、当人も、そして読者も気づいていないが、三人の少女は気づいていた。それは、先に引用した「普通の人に分かる良さなんて、皆無ですからね」という理乃の言葉からも伺える。読者は、物語の進展とともに主人公の魅力がわかってくるわけで、それで「モテモテぶりが自然に思えてくる」のだろう。
評者は、主人公の艶福ぶりをうらやんだり、時には「おいおい、昔から『据え膳食わぬは男の恥』と言ってな…なぜ据え膳を食わぬ」と主人公をけしかたり、さらには、「うーん、この調子でいくと祐はマトとくっつくのではなく、理乃とくっついてしまう、なんてどんでん返しもなくないか?」などと要らぬ心配をしたりした。つまり、評者はラブコメとしての本書も存分に堪能した。

おわりに

瓜生聖のサイバーセキュリティ小説「噂の学園一美少女な先輩がモブの俺に惚れてるって、これなんのバグですか? 」を紹介した。本書は、ラブコメ仕立てのサイバーセキュリティ小説であるのみならず、重層的な構造を持つ意欲的な内容であり、それでいて、ラノベとしてすらすらと読める一流のエンタテインメントである。
著者は「あとがき」の末尾で「本書を読んだラノベ好きの方が『サイバーセキュリティって面白そう』と思っていだたければ、サイバーセキュリティ関係者が『ラノベもなかなか面白いな』と思っていただければ著者冥利につきます」と記している。本書は評者が初めて読んだラノベだが、本当に面白かった。可能ならば、本書の続編で、祐とマトが恋人らしくいちゃついているシーンも読んでみたい。