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2014年10月25日土曜日

New Class of Vulnerability in Perl Web Applicationsの紹介

Redditを眺めておりましたら以下の記事が目に止まりました。
New Class of Vulnerability in Perl Web Applications
ざっくりというと以下の様な内容です
  • CGI.pmのparamメソッドの返り値をハッシュに突っ込んでいる箇所がある
  • クエリ文字列に同名のパラメータを複数セットすると、配列値が返る
  • 配列をハッシュに突っ込むことにより、別のキーの値が変更される
私はこの内容に興味を持ちましたので、以下に詳しく説明します。

PoC

元エントリにもPoCが出ておりますが、少し手をいれたものを以下に示します。
#!/usr/bin/perl
use strict;
use CGI;

my $cgi = new CGI;

my $loginname = 'smith';
my $password  = 'a3k!sz9';

my %user = ('login' => $loginname,
            'realname' => $cgi->param('realname'),
            'password' => $password);
print <<END;
Content-Type: text/plain; charset=utf-8

login = $user{'login'}
realname = $user{'realname'}
password = $user{'password'}
END
ご覧のように、キーとしてlogin、realname、passwordを取るハッシュを作成しています。loginとpasswordは定数(セッション変数などから取得する想定)、realnameはクエリ文字列realnameから取得します。

このCGIプログラムをクエリ文字列 realname=John+Smith で呼び出すと結果は下記となります。
login = smith
realname = John Smith
password = a3k!sz9
次に、以下のクエリ文字列で呼び出します。
realname=hoge&realname=login&realname=yamada
結果は以下となります。
login = yamada
realname = hoge
password = a3k!sz9
なんと、定数で指定しているはずのloginがyamadaに化けています。なぜでしょうか?

CGI.pmは同名パラメータ指定により配列を受け取ることができる

CGI.pmのparamメソッドは、以下のようにすると、配列の形でパラメータを受け取ることができます。
my @foo = $cgi->param('foo');
例えば、以下のクエリ文字列を指定した場合、
foo=1&foo=2&foo=3
@fooは 1, 2, 3を値にもつ配列となります。

ハッシュ生成時に配列を混ぜることでハッシュの別キーをインジェクションできる

PoCの%user の部分は以下のように呼び出されることになります。
my %user = ('login' => 'smith',
            'realname' => ('hoge', 'login', 'yamada'),
            'password' => 'a3!sz9');
Perlの場合、=>とカンマ(,)はほぼ同じ意味だそうで、上記は以下のように展開されます。私はPerlの細かい文法には自信が無いため、以下の部分の説明に誤りがあればご指摘ください。
my %user = ('login', 'smith',
            'realname', 'hoge', 'login', 'yamada',
            'password', 'a3!sz9');
整形すると、以下と同等です。
my %user = ('login' => 'smith',
            'realname' => 'hoge', 
            'login' => 'yamada',
            'password' => 'a3!sz9');
右辺は配列定義ですが、'login' => が2箇所あります。したがって、配列をハッシュに変換する際に、キーloginに対する値は、'yamada'に上書きされます。すなわち、以下と同等です。
my %user = ('realname' => 'hoge', 
            'login' => 'yamada',
            'password' => 'a3!sz9');
以上の手順により、$user{'login'}が本来smithであるところ、外部からの入力により、yamadaに変更させられました。

このようなケースはありえるのか?

上記のPoCのようなことが現実にあり得るかというと、ちょっと微妙な気はするものの、ないこともないかなという印象です。
たとえば、Web APIなどで、入力はurlencodedだけど出力はJSONであって、そのJSONを作る際にいきなりハッシュ定義に入力値を放り込んでいるケースなどです。
元記事のコメント欄には、ふつーバリデーションするだろというツッコミに対して、著者は、realnameは任意の文字を受け取るのでバリデーションは必要ないと答えています。しかし、制御文字などは弾く必要があるため、アプリケーション要件としても、最低限度のバリデーションは必要と考えます。

対策

この問題を避ける簡便な方法として、元エントリではrealnameの値をスカラーに変換する方法が紹介されています。
my %user = ('login' => $loginname,
            'realname' => scalar $cgi->param('realname'),
            'password' => $password);
あるいは、値をいったんスカラー変数で受けるという方法があります。これにより、realnameがスカラであることが保証されます。
my $realname = $cgi->param('realname');
my %user = ('login' => $loginname,
            'realname' => $realname,
            'password' => $password);

まとめ

前回のエントリでも説明したように、スカラ値を想定している入力が、実は配列やハッシュになっている可能性を想定して、スカラであることのチェック、あるいはスカラに変換する等の処理が必要な場合があります。
入力値のバリデーションをすれば脆弱性が顕在化することはありませんが、脆弱性が混入するその箇所で対策することを考えると、ハッシュに突っ込む箇所で、当該変数がスカラーであることが一目瞭然になっているのがよいでしょう。
そういう意味で、バリデーションによる対策をとらず、脆弱性の発生箇所での対策を主張されている元エントリの著者Gerv(Gervase Markham)さんとは、一緒に旨い酒が飲めそうだと感じましたw

2014年10月20日月曜日

DrupalのSQLインジェクションCVE-2014-3704(Drupageddon)について調べてみた

既に日本でも報道されているように、著名なCMSであるDrupalのバージョン7系にはSQLインジェクション脆弱性があります(通称 Drupageddon; CVE-2014-3704)。この脆弱性について調査した内容を報告します。

ログイン時のSQL文を調べてみる

MySQLのクエリログを有効にして、Drupaのログイン時に呼び出されるSQL文を調べてみます。リクエストメッセージは以下となります(一部のヘッダを省略)。
POST /?q=node&destination=node HTTP/1.1
Host: xxxxxxx
User-Agent: Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64; rv:32.0) Gecko/20100101 Firefox/32.0
Cookie: has_js=1; Drupal.toolbar.collapsed=0
Connection: keep-alive
Content-Type: application/x-www-form-urlencoded
Content-Length: 122

name=admin&pass=xxxxxxxx&form_build_id=form-xQZ7X78LULvs6SyB9MvufbZh5KXjQYRHS05Jl2uD9Kc&form_id=user_login_block&op=Log+in
ログイン時には複数のSQL文が呼び出されますが、以下のSQL文に注目します。
SELECT * FROM users WHERE name = 'admin' AND status = 1
次に、name=adminの部分を以下のように変更してみます。
name[]=user1&name[]=user2
生成されるSQL文は以下の通りです。
SELECT * FROM users WHERE name = 'user1', 'user2' AND status = 1
あれ、配列として渡したuserが、SQL文では、'user1', 'user2'とカンマ区切りで列挙されています。これはSQL文法違反となっていますが、DrupalのSQL文ジェネレータの機能で、配列のパラメータを自動的にSQLのプレースホルダに展開する機能があるのです。以下、こちらの記事のサンプルをお借りして説明します。

以下のようなdrupal APIの呼び出しを題材に用います。
<?php
db_query("SELECT * FROM {users} where name IN (:name)", array(':name'=>array('user1','user2')));
?>
上記IN句に対して、プレースホルダは :name 一つだけ、バインドする値は2個あります。この場合、SQL文は以下のように自動的に改変されます。
SELECT * from users where name IN (:name_0, :name_1)
なんて便利なんでしょう! SQLインジェクション対策としてプレースホルダを使えと呼びかける際に決まって問題となる IN句の展開をやってくれていますね。つまり、バインド値を配列にする呼び出し方は主に IN句を想定したものであり、最初に見たname[]を複数指定する呼び出し方は、想定外といってよく、その結果として生成されるSQL文が文法違反となりました。
文法違反というだけでかなり嫌な予感がしますが、この予感は不幸にも的中します。

連想配列のキーを指定したらどうなるか

ここで元のログイン時のSQL文に戻り、今度はname配列にキー文字列をつけて呼び出してみましょう。以下のname[]配列を用います。
name[id1]=user1&name[id2]=user2
生成されるSQL文は以下の通りです。
SELECT * FROM {users} WHERE name = :name_id1, :name_id2 AND status = 1
一見筋の通った処理に思えますが、キーに空白があったらどうなるでしょうか?
name[1 xxxxx]=user1&name[2]=user2
生成されるSQL文は下記となります。
SELECT * FROM {users} WHERE name = :name_1 xxxxx, :name_2 AND status = 1
あれあれ、プレースホルダがちぎれて、:name1と xxxxx に分かれてしまいました。これはもちろん文法違反ですが、実は呼び出す前にエラーになります。
この際のバインド値は以下の通りです。
array(2) {
  [":name_1 xxxxx"] => "user1"
  [":name_2"] =>  "user2"
}
SQL文中には :name_1 というプレースホルダがありますが、バインド値の配列には :name_1がありません。このため、PDOの動的プレースホルダが値をバインドできず、呼び出す前にエラーになるわけです。
それでは、エラーにならない方法はあるでしょうか? あります。:name_2 はあるわけですから、最初のプレースホルダ側でも :name_2 を使ってしまえばよいのです。
今度は、以下のname[]値で呼び出してみます。user1は使われないので削除しました。
name[2 xxxxx]=&name[2]=user2
生成されるSQL文
SELECT * FROM {users} WHERE name = :name_2 xxxxx, :name_2 AND status = 1
SQL文の中で使われているプレースホルダは :name_2 のみとなりました。この際のバインド値は以下の通りです。
array(2) {
  [":name_2 xxxxx"] => ""
  [":name_2"]=> "user2"
}
キー :name_2 はあるので、SQL文は呼び出されるはずです。ログを見ると、以下のSQL文がみつかります。
SELECT * FROM users WHERE name = 'user2' xxxxx, 'user2' AND status = 1
呼び出されていますね。ただし、xxxxxの部分でSQL文法違反となっているので、MySQL側でエラーになり、実行はされません。このxxxxxを文法違反にならないように辻褄をあわせてやると、SQLインジェクション攻撃ができます。

SQLインジェクションを試す

いよいよSQLインジェクションです…が、まだ発表されたばかりの脆弱性ですので、実害のあるものは避けて、10秒待つだけのSQLを実行してみましょう。ということで、SELECT sleep(10) というSQL文を実行してみましょう。POSTパラメータは以下となります。
name[2 ;SELECT sleep(10) -- ]=&name[2]=user2
Burp SuiteのRepeater機能で実行した例を下図に示します。


図の右下に 10,079millisとあることから、10,079ミリ秒、すなわち約10秒待っていることがわかります。この際に呼び出されているSQL文は下記の通りです。
SELECT * FROM users WHERE name = 'user2' ;SELECT sleep(10) -- , 'user2' AND status = 1
実験に使用した環境はMySQLを使っていますが、SQLの複文が実行できていることになります。これは、DrupalがPDOを使っているためで、詳しくは以下のエントリを参照ください。

ソース上の脆弱性箇所

この脆弱性の発生原因は、ソース上では以下のexpandArgumentsメソッドにあります。
// includes/database/database.inc
protected function expandArguments(&$query, &$args) {
  $modified = FALSE;
  // $argsの要素から配列のみ処理対象として foreach
  foreach (array_filter($args, 'is_array') as $key => $data) {
    $new_keys = array();
    // $dataは配列であるはずなので、foreach 可能。 $i(キー)に注目
    foreach ($data as $i => $value) {
      $new_keys[$key . '_' . $i] = $value;
    }
    // $queryを改変 $new_keysのキーをarray_kesyでSQL文に混ぜていることが問題
    $query = preg_replace('#' . $key . '\b#', implode(', ', array_keys($new_keys)), $query);
    unset($args[$key]);
    $args += $new_keys;

    $modified = TRUE;
  }
  return $modified;
}
元のコメントはすべて削除して、簡単な説明をコメントとして追加しました。
先のPoCから呼び出される場合、$args['name'] に配列値が入っている場合、配列のキーが変数 $i 経由でなんのチェックもなくSQL文に流し込まれることが問題です。
この脆弱性が対策されたDrupal7.32では、内側のforeachは以下のように修正されています。
foreach (array_values($data) as $i => $value) {
$dataにarray_values関数を通すことで、キーを取り除くことにより対策しています。
これで一応脆弱性は対処されていると思いますが、最初の方で指摘したようにクエリ文字列nameを配列とした場合に、文法違反のSQL文が生成される問題は直っていません。
Drupalは必要最小限のバリデーションのみをしているように見えますが、クエリ文字列が(配列ではなくスカラの)文字列であることのチェックくらいはした方がよいと思います。これはアプリケーション要件として必要なチェックだと考えます。

この脆弱性による影響

SQLインジェクションによる一般的な影響はすべて可能性がありますが、とくにデータベースの改変による攻撃経路が重要であると考えます。詳細は伏せますが、管理者権限をうばったり、管理者権限のあるユーザを登録できることを実験で確認しています。
DrupalはCMSですので、管理者権限が得られた後は、ファイルをアップロードするなどして任意のPHPスクリプト実行なども可能になると考えます。既にさまざまな攻撃が実際に来ているようですので、早急の対策をおすすめします。

影響を受けるバージョンと対策

Drupal 7.xのみが影響を受けます。Drupal 7.32にて対策されているので、該当バージョンを利用の場合、早急のアップグレードを推奨します。
すぐにアップグレードできない場合は、WAFによる攻撃緩和も有効と考えられます。Drupal対応のシグネチャがなくても、既存のシグネチャによる防御が期待できます。ただし、シングルクォートを使わなくても攻撃は可能なので、WAFの性能次第というところはあります。

まとめ

Drupal 7.xのSQLインジェクション脆弱性について説明しました。このSQLインジェクション脆弱性は、SQL文を動的生成する際に、プレースホルダ中に誤って配列パラメータ中のキー値をなんのチェックもせずに混入させてしまったことによるものです。
配列パラメータのキーによる攻撃は結構あるパターンでして、以下のエントリでも説明しています。
O/RマッパーやSQLジェネレータを開発する場合は、パラメータが配列である場合や、配列のキーが指定された場合についもテストをしておくとよいでしょう。

2014年10月16日木曜日

パスワードの定期的変更はパスワードリスト攻撃対策として有効か

パスワードリスト攻撃の対策として、パスワードの定期的変更に意味があるのかという議論があります。私は(利用者側施策としては)実質意味がないと思っていますが、まったく意味がないというわけでもありません。
このエントリでは、パスワードの定期的変更がパスワードリスト攻撃に対してどの程度有効かを検討してみます。

前提条件

パスワードリスト攻撃を以下のように定義します。
別のサイトから漏洩したアカウント情報(ログインIDとパスワードの組み合わせ)の一覧表(パスワードリスト)があり、そのログインIDとパスワードの組をそのまま、攻撃対象に対してログイン試行する攻撃
パスワードの定期的変更の一例として以下の条件を前提とします
  • 利用者は、すべてのサイトのパスワードを90日毎に変更する
  • 利用者はすべてのサイトで同じログインIDを用いている
  • 変更後のパスワードはすべてのサイトで同じとする
    ※ サイト毎にパスワードを別にすれば、それ以降はパスワードをまったく変更しなくてもパスワードリスト攻撃はできなくなるためこの条件を設定

攻撃条件(1)

攻撃者はサイトAから窃取したアカウント情報を直ちにサイトBに対して試行する場合

この場合、サィトAに登録されたIDとパスワードはサイトBでも有効なので、パスワードリスト攻撃が成功する。すなわち、パスワードの定期的変更に効果はない。

攻撃条件(2)

攻撃者はサイトAから窃取したアカウント情報を用いてサイトBを攻撃するが、アカウント情報は古いものであるとする。

※ アカウント情報が古いシナリオとしては、サイトAのパスワードがハッシュ値で保存してあったために解読に時間がかかった、あるいは攻撃者がパスワードリストを購入したが、最新ではなく古いものであった、などの可能性があります。

この場合、パスワードが漏洩してから攻撃があるまでの間に、パスワードが変更されていれば、パスワードリスト攻撃は成立しません。パスワードが変更される前であれば、攻撃は成立します。

評価

パスワードの定期的変更を実施していると、仮に全サイトで同じパスワードを設定していても、パスワードリストが古いものである場合、攻撃のタイミングによってはパスワードリスト攻撃を防ぐことが出来ることができます。パスワードリストの売買の報道例についてはこちらを参照ください。
それにも関わらず私が「実質意味がない」と思う理由は、どうせパスワードを変更するのであれば、そのタイミングで、サイト毎に異なるパスワードを設定すればいいじゃないかと思うからです。いったんサイト毎に異なるパスワードを設定しておけば、その後はパスワードを変更しなくても、パスワードリスト攻撃に関しては完全に防御することができます。

一方、パスワードの定期的変更では、「運が良ければ防げるが、防げない可能性も高い」という性質のものなので、利用者側の立場としてのパスワードリスト攻撃対策は以下の一点でよいと考えます。
  • サイト毎に異なるパスワードを設定する
他の攻撃に関しては、別の対策も併用する必要があります。
また、パスワードの定期的変更の、リスト型攻撃以外に対する効用については、以下のエントリを参照ください。

追記(2014/10/16 15:30)

@machuさんからコメントをいただきました。
『管理者側は違うパスワードは強制できないけど、定期変更は強制できる』という指摘は鋭い着眼ですね。そういえば、総務省の公表した『リスト型アカウントハッキングによる不正ログインへの対応方策について』では、「利用者にパスワードの定期的変更を求める」という表現ではなく、「パスワードの有効期間設定」となっていました。総務省の資料は、「サイト管理者などインターネットサービス提供事業者向け対策集」ということなので、このような表現になっているのだと思います。これに対する評価は以下の通りです。

  • パスワードの定期的変更は強制できる
  • 結果としてパスワードリスト攻撃への効果は限定的(ないわけではない)

ですが、パスワードの管理は本来は利用者側の責任であるわけで、そこにサイト運営者が介入する方向性としては、できるだけ利用者の負担増が少なく、かつ効果の高いものであるべきだと考えます。この点、「パスワードの有効期間設定」は、利用者の負担が大きく、かつ効果が限定的であるという点で、よくない施策であると考えます。













2014年10月15日水曜日

気づけばプロ並みPHP 副読本:お助け電子BOOKへの寄稿の顛末

谷藤賢一さんの著書『気づけばプロ並みPHP~ショッピングカート作りにチャレンジ! 』に、発売1周年の謝恩キャンペーンとして『副読本:お助け電子BOOK』が公開されました(*1)。私はこの副読本の中で、『第2章 【徳丸 浩氏 スペシャル寄稿】安全なWebアプリケーションのために』を寄稿しています。このエントリでは、寄稿の顛末を報告したいと思います。

動機

私が本書『気づけばプロ並みPHP』を購入したのは昨年の10月29日ですから、本書が出版されてまもなく、今から約1年前です。私は本書を一読して、セキュリティ上の多数の問題があることに気がつきました。
以前は、セキュリティ上の問題が多い本は書評をブログ記事として書くことも多かったのですが、この際は書評という形にするのはためらいがありました。その理由は以下の様なものです。
  • 私のブログの読者層はセキュリティに関心の高い方たちであり、本書の読者とは重ならない
  • 著者に私の意図が伝わるかが疑問
  • 別の著者の方と書評が原因でトラブルになりかけたことがある
私は衝動的に、著者の谷藤さんの経営する株式会社C60(シーロクマル)に押しかけていって、ちょっとこの本は問題ですよと直接伝えようかとも思いました。前述のように別の著者の方とは書評が元でトラブルになりかけましたが、谷藤さんとはそうならないだろうという直感がありました。谷藤さんはプログラミングの初心者にPHPを習得してもらうことを通じて、若者の自立とキャリア形成の支援をされています。言わば、PHPの講習を通じて社会を少しでも変えようという活動をなさっている方なので、きちんとお話すれば、当方の意図はわかってくださるのではないかと思いました。
しかしこの時は、忙しさにかまけて、行動に移すことはありませんでした。

きっかけ

ところが、とある偶然から、ことは動き始めました。PHPカンファレンス関西2014のスピーカーを依頼されて、今年の6月28日に会場の大阪産業創造館を訪問した時のことです。自分の出番を終えて、ロビーでPHP界隈の方々と談笑していると、谷藤さんの方から挨拶に来られたのです。
名刺交換をしながら、私が「いや、実は私のほうから谷藤さんの会社に乗り込もうかと思っていたのですがね」と申し上げたところ、「ぜひ乗り込んできてください」とのお返事。その後頂戴したメールにもその旨記載されていたので、それではということで、谷藤さんとの面会が決まりました。

面会

7月某日、谷藤さんの会社で、リックテレコムの担当編集者を交えて谷藤さんと面会をいたしました。私からは、本書の内容にセキュリティ上の問題が多いこと、開発の現場で多くの開発者が「コピペ」でプログラムを作り、そのため「お手本」に脆弱性があると、その脆弱性ごとコピペされて脆弱なサイトがネットに公開されてしまうこと、などをお伝えしました。
谷藤さんからは、セキュリティが重要であることは承知しているが、自分の扱う受講生のレベルではセキュリティまでは無理であると考えていること、また開発現場のコピペの現状については承知しておらず、驚いているというお話がありました。
ここで、リックテレコムの担当編集者からは、実は本書を「プロ並み」というタイトルにしてしまったこともあり多くの問い合わせを受けていること、このため、フリーの電子書籍の形でFAQの副読本を発行する計画があることを伺いました。そして、徳丸の示した内容も、その副読本に含めさせてもらえないだろうかという提案をいただきました。
私はその提案に同意し、そのために私が調べた内容をメモとして提供することになりました。

副読本

私のメモは元々作成していたものをすぐにお渡ししたのですが、せっかく乗りかかった船なので、もう少し詳しく調べたいと考えました。本書のソースは、断片的な形でしか記載されておらず、実際に打ち込んでみないと全容がわからない状態でした。このため、当方からデジタルデータとしてソースコードの提供を希望し、承諾されました。私はお預かりしたソースを実際に動かしたり、ソースコードを確認するなどの方法でセキュリティ上の問題を調べ、先のメモに追記しました。また、当初脆弱性の疑いを持っていた箇所が、完全なソースを確認すると脆弱性ではないことがわかった箇所もありました。なお、現在は、こちらのページから、ソースコードがダウンロードできるようになっています。
私が提供したものは、あくまで内容のみを記した簡潔なメモでしたので、徳丸の負担を下げたいという担当編集者の配慮から、そのメモを「読み物」の形に仕上げる上では、編集という形で編集者の加筆がかなり入っていることを報告いたしましす。しかし、できあがった文章を私はチェックしておりますので、担当した第2章の文責は徳丸にあります。

概要

私の担当である副読本第2章の概要は下記のとおりです。

2-1 本アップには欠かせない——本書プログラムの脆弱性対策
 ◆P088 スタッフの削除機能にCSRF脆弱性
 ◆P100 商品追加機能に2種の脆弱性
 ◆P113ほか HTMLエスケープ処理の漏れ
 ◆P233 自動返信メールにメールヘッダインジェクション脆弱性
 コラム(1)「サニタイジング」という用語について

2-2 中級以上を目指す方へ——プログラム品質を高める改善案
 ◆P061・P113・P232 HTMLエスケープを行う場所について
 ◆P061 htmlspecialcharsの引数
 ◆P061他 データベース接続に例外処理の設定を
 ◆P065 データベース接続の文字エンコーディング指定方法
 ◆P100 正規表現による全体一致チェック
 ◆ 商品を購入したらカートは空になっているべき
 ◆ 商品画像のファイル名にルールがほしい
 ◆P268 注文データ漏えいの恐れあり
 ◆ 許可されていない文字がDBに登録されてしまう
 コラム(2) MD5によるパスワードの暗号化

まとめ、感想

一月ほど前に、はせがわようすけさんの以下のツイートに対して、
以下のように返答していますが、上記を想定した発言でした。

今回は、ひょんなきっかけから、「著者とのコミュニケーション」が実現されたことになります。私からは多くの指摘をさせていただきましたが、内容についての質問はあったものの、私の指摘はすべて掲載されています。谷藤さんと担当編集者の懐の深い対応に感謝申し上げます。

とは言え、課題は山積みです。私は開発入門者が最初に目にする機会の多いPHP入門書に注目してウォッチングを続けていて、以前から少し改善は見られる(参照)ものの、望ましい水準にはまだまだというところです。しかし、様々な形で著者の方々にセキュリティの重要性が伝わることで、改善が図られていくものと期待をしています。

*1 こちらのサイトにダウンロード方法が書かれています。個人情報として氏名とメールアドレスの入力が必要です。