2024年4月1日月曜日

「はじめて学ぶ最新サイバーセキュリティ講義」の監訳を担当しました

 日経BPから4月4日発売予定の『はじめて学ぶ最新サイバーセキュリティ講義 「都市伝説」と「誤解」を乗り越え、正しい知識と対策を身につける』の監訳を担当したので紹介させていただきます。

本書の原書は、ユージーン・H・スパフォード、レイ・メトカーフ、ジョサイヤ・ダイクストラの3名の共著として書かれた「Cybersecurity Myths and Misconceptions」で、米国Amazonのレビューでは4.6の高評価を得ています。また、「インターネットの父」ことヴィントン・サーフ氏が本書に前書きを寄せています(後述)。


はじめに

サイバーセキュリティは、その短い歴史にも関わらず、神話や都市伝説に満ちています。古典的なものとして、本書の冒頭では、「ウイルス対策企業が自社製品を売るためにマルウェアを作って拡散した」が紹介されています。

本書は、このようなセキュリティの都市伝説や神話をとりあげ、これらの「ウソを暴き」ながら、セキュリティの真髄を説明していくスタイルをとっています。

本書によると、「この本は、一般的な問題、人間の問題、文脈的な問題、データの問題という4つのパートに分かれ、175件以上の都市伝説、偏見、誤解を収めています。」とあります。175件! すごいですね。

割合とっつきやすい都市伝説から紹介しましょう。それは「パスワードはひんぱんに変更せよ」です。

かつて、セキュリティのベストプラクティスとして「パスワードを定期的に変更を強制する」がありましたが、さまざまな議論を経た後に、2017年6月アメリカ国立標準技術研究所(NIST)がNIST SP 800-63-3を発表し、その中でパスワードの定期的変更の強制を否定したことで、一応の「都市伝説の終結」をみました。

とはいえ、パスワードの定期的変更は永く信じられてきた「ベストプラクティス」なので、各種ガイドライン等には今でも残っていますし、セキュリティに携わるものでも、「パスワードは定期的に変更するべきもの」と思っている人は多いと思います。本書は、この種の神話や都市伝説を多数取り上げ、次々に否定していきます。


意外なところにも「神話」が

神話の中には、読者には意外なものも含まれます。たとえば、「ユーザーが最弱リンク」がそれです。

サイバースペースでは、サイバーセキュリティの最弱リンクはユーザーであるとの言説が不当に支持されていますが、それは誤りです。

意外に思いませんか? なぜこれが不当なのかはぜひ本書で確かめてください。ヒントとして、本書から下記を引用しておきます。

人々を力づけたいという思いやりにより、ユーザーは高いセキュリティ意識を持つパートナーになります。そのように意識を改めることで、強い信頼関係が生まれます。ミスを報告しやすくして、修正の手助けをする。それこそが、ユーザーを見下しミスを責めるよりもずっと望ましい態度と言えます。

もう一つは、「攻めるほうが守るよりも楽」です。よく攻撃側に比べて防御側は不利と言われます。本書でも、この節は以下の書き出しから始まっています。

サイバーセキュリティ分野の非常に多くの尊敬すべき人たちが口をそろえてこう言っていました。「攻撃側はたったひとつの突破口があればいいのに対して、防御側はあらゆる攻撃に備えなければならないため不利だ」と。アタックサーフェイス(攻撃対象領域)で考えれば、この主張は本当らしく聞こえます。たくさんのサーフェイスを防衛するとなると、リソースを薄く広く分散しなければなりません。攻撃側がサーフェイス点にリソースを集中し、攻撃方法もひとつに絞ってきたなら、たしかに相手が圧倒的に有利です。

ではあるのですが、現実の局面では、攻撃よりも守備がかんたんというケースもあることと、あまりに「防御側が不利」と強調することによるセキュリティ担当者へのメンタルへの影響に本書は言及しています。


徳丸は何をしたか

私は主に以下を担当しました。

  • 訳語として日本のセキュリティ分野の一般的な用語を選択する
  • 翻訳を読んで意味の通りにくいところの訳を手直しする
  • 米国と日本で違いがある箇所(法律など)などに監訳注をつける

原書は、凝った文体や、反語のようなレトリック、古典や著名な映画を踏まえた表現、韻を踏んでいる箇所などがあり、「米国のインテリはこういう文体が好きなのかなぁ」と感慨に耽っておりましたが、できるだけ日本の読者に読みやすい訳を心がけました。

その一つとして、原書の見出しは「正しいこと、望ましいこと」と「神話、都市伝説、誤解」が特に区別なく並べられています。これだと読者は混乱すると思い、編集部と相談した結果、「神話、都市伝説、誤解」に相当する見出しにはメガホンのアイコンをつけました。下図に例を示します。


本書の対象読者

本書の対象読者は、エンジニアやセキュリティ担当者だけでなく、もっと広範囲にセキュリティに関係する人たちです。本書の出版元のページでは以下のように紹介されています。
本書は、開発者、デザイナー、アナリスト、意思決定を行う人、学生など、プロ、アマを問わずサイバーセキュリティに関係する人たちに向けて書かれています。加えて、サイバーセキュリティに関わっていない人にも役立ちます。テクノロジーに依存しているなら、サイバー防衛と無縁ではいられないからです。あなたもきっと含まれるはずです。

本書の読み方と得られるもの

本書は技術書ではなく、エッセイ集のような形ですので、一つ一つの節は割合読みやすいと思いますが、神話が175件も集めてあるだけあって500ページ以上の大部となっています。いきなり通読する必要もないため、読みたいところから拾い読みのような形でも良いと思います。とはいえ、本書を読み進めることにより、ハウツー本からは得られないセキュリティの本質的な思考方法が習得できます。

これに関しては、「インターネットの父」ことヴィントン・サーフ氏が本書に前書きを寄せていますが、その中に以下の一節があります。

なかでも強力な防衛ツールに「クリティカルシンキング(懐疑的思考)」があります。この本が伝えようとしているのは、サイバー空間でのリスクに対してもっと懐疑的になる方法です。たやすく身につくものではないので、多少の訓練は必要になるでしょう。悪者は我々の人間としての弱みにつけ込んできます。悲しいかな、困っている人を助けずにはいられない私たちの善意すら狙われます。そのため、そうした人間性やポジティブな社会感情を狙った詐欺は数知れません。この本は、そんな策略を見破る方法を教えてくれます。

本書でクリティカルシンキングを身につければ、詐欺行為のみならず、ネットのセキュリティ記事に右往左往することなく、どっしりと構えつつ、本当に必要な備えは何か、自分で考えられるようになるでしょう。

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